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崩さない、その余裕 5

Author: 花室 芽苳
last update Last Updated: 2025-09-26 19:14:12

 ……何よ、これ?

 梨ヶ瀬《なしがせ》さんの部屋は想像以上に広くてお洒落で、とても一人暮らしの男性の住まいとは思えない。こちらに越してきたばかりの彼に、こんなに大きな部屋が必要とは思えないのだけど……

「ええと、すごく綺麗で素敵なお部屋なんですね? これならいくらでも女の子を連れ込めそう」

「そうだね。今こうして実際に、横井《よこい》さんを連れ込んでるしね?」

 にっこりと微笑んで、そういう事を言うのやめてもらえません?

 梨ヶ瀬さんの場合、言い方ひとつでびっくりするほどいかがわしい意味に聞こえるんですから。

 彼のそういう言葉も裏があるような気がして、警戒せずにはいられない。

「なんていうか、自分のアパートの方が倍は安全な気がしてきました」

 もちろん梨ヶ瀬さんが、本気で私みたいな可愛くない部下に手を出すとは思っていないけど。こうも気になる発言をされれば、私だって『もしかして』くらいは考えるのよ。

「心配しなくていいよ、いくら俺でも無理強いするほど飢えてはいないからね。ちゃんと横井さんの了解を得てからしか、手を出したりするつもりはないし?」

「そんな予定は微塵もないので、ご安心を!」

 クスクス笑う梨ヶ瀬さんに彼の鞄を投げつけても、余計に笑わせるだけで。そのうえ、背の高い彼にいいように頭を撫でられてしまう。

 ああ、もう! 本当にこの人を相手にすると、なんだかいつもの自分でいられないの!

「まあ、冗談はこれくらいにして。簡単に部屋の説明をするから、ついてきて?」

 そう言われて、慌てて梨ヶ瀬さんの後を追う。大きな荷物を二つも持っているくせに、彼はさっさと廊下を進んでいく。

 大きな扉を開ければそこは広いリビングで、大きなテレビに座り心地の良さそうなソファー。

 青々とした観葉植物まで置かれて、男性の一人暮らしとは思えない。カウンターキッチンもお洒落だが、赴任したばかりだからかあまり使用された形跡はない。

「リビングやキッチンは好きに使って。後こっちが浴室とトイレだけど、風呂を使う時はさすがに声をかけて欲しいかな」

「はい、分かりました。一緒に暮らす間はリビングとキッチン、お風呂やトイレの掃除は私にさせてください」

 ただで住まわせてもらうつもりはないが、出来る事はやっておきたい。いつ解決するかも分からない今、梨ヶ瀬さんに借りを作ってばかりはいられないし。

 
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    「それで、結局何のために私をこの部屋に連れてきたんです? そもそも梨ヶ瀬《なしがせ》さんは私に、怪我一つ無いって気づいてたんですよね」 まさか私の注意力が足りないとか言う類の、お説教が始まるとか? それなら資料室で済ませてもらいたかったわね、こっちは私の部署から少し離れてるし。 一人でブツブツと、そんな事を考えてたら……「もし君がさっきので、ショックを受けてたら休ませなきゃって思って」「……え?」 さっきのって、閉じ込められたことよね。梨ヶ瀬さんは私がそれで、精神的なダメージを受けてないかと心配してくれたの? えっと、貴方ってそんな過保護な人でしたっけ?「……そう考えてたけど、全然必要なかったよね。横井《よこい》さんそういうとこ、意外と図太そうだし?」 にっこり笑顔でそういう梨ヶ瀬さん、自分が嫌味を言うのはOKなんですか? さっきのは前言撤回、彼の場合は過保護なんかじゃなくただの気紛れに違いない。「ええ、梨ヶ瀬さんの性根の歪み方には負けますけど。お互い様ですよね?」「そうだね、でもそれって意外と相性良さそうだと思わない?」 何でそうなるんです、いくらなんでもこじつけが酷すぎませんか? この人の頭の中がどうなってるのか、本当に理解出来ない気がする。「私は全く思いませんね。では、先に部署に戻らせていただきます」 言われっぱなしでいるつもりはない、そう言われたらこう返すだけ。そしてまた梨ヶ瀬さんの本気か冗談か分からない遠回しな言葉を聞き流して、彼を置いてけぼりにして仕事場に戻る。 それでも、助けに来てくれた時の梨ヶ瀬さんは普段よりカッコよく見えたのは、彼には絶対黙っておくことにしようと思った。「ああ、横井さん無事だったんだね? さっきは梨ヶ瀬が血相を変えて走って行くから、君に何かあったのかと思って……」 梨ヶ瀬さんから離れ、部署に戻る途中で鷹尾《たかお》さんに出会う。 鷹尾さんが私のことを梨ヶ瀬さんに知らせてくれたおかげで、資料室の件が大事にならずに済んだのよね。彼には一言お礼を言わなければと思っていたので、ここで会えたのは都合が良くて。「はい、鷹尾さんのおかげで助かりました。閉じ込められてすぐ梨ヶ瀬さんが来てくれたので、私も怖い思いをせずに済んだんです」 そう言うと、感謝の気持ちを込めて深々と頭を下げる。梨ヶ瀬さんには素直な行動は

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